デジタルマーケティングのプロ揖斐理佳子さん:マーケターが売上を上げるために必読の4冊
「すごいマーケターの頭のなかを知りたい!」
ということで、弊社にデジタルマーケティングのコンサルタントとして来社いただいている揖斐さんを直撃しました。
揖斐理佳子さん プロフィール
1992年、ネスレ日本株式会社の子会社に社長秘書として入社。秘書業務のかたわらボランティアで子会社のイントラネット構築に携わったことをきっかけに、1998年、ネスレ日本グループのウェブマスターに任命され、コミュニケーション本部へ異動。以来15年、インターネット・マーケティングおよびCRMに従事。ネスレ日本グループの数百のコンテンツ開発・運用を統括し、昨年2013年7月に退社。現在は、携帯サイトが現れる以前のインターネット創世記と言われた時代から10年以上デジタルマーケティングの最前線にいた経験をいかし、さまざまな会社のコンサルタントをつとめ数々の講演を行うなど活躍中。
選んでもらった4冊に共通するコンセプトは「売り上げを上げるために役に立つ本」。常に「本当にこのコンテンツは売り上げを上げることに役に立つのか、どうしたら売り上げは上がるのか。」と自問自答してきたという揖斐さんらしいセレクションになりました。
(1)自分がいかに怠惰だったかを教えられた本
書名 売る力心をつかむ仕事術(文春新書)
著者名 鈴木敏文
出版社 文藝春秋
セブン―イレブン・ジャパンの会長の鈴木さんが書かれた本で、オムニチャネルの売り上げ向上施策を検討する際に購入。「なぜセブン―イレブン・ジャパンがコンビニ業界で圧倒的1位であり続けられるのか」、まさにその答えが書かれていました。ポイントは『目を向けなければならないのは、明日の顧客のニーズである』という1行に凝縮されています。
たとえば、「新しい良いアイデア」について。みんな売ろうとして成功しようとしていつも考えている。だから、誰もが良いと思うようなアイデアは、すでに実行されている。だったら、今まで誰も実行していない良いアイデアは、誰もが賛成するようなパッと見て良いアイデアには見えないはずだ、と。だから、社内で半分以上の人が賛成するアイデアはやらない、というようなことが書かれている。誰もが良いと思うことをとりあげても、ありふれてしまっていて、あまり価値がないんじゃないか。一歩先を行く、明日の顧客のニーズをとらえる、ということを考えるヒントになりました。
この考えは、店舗の棚替えの考え方にも反映されています。たとえば、「明日は蒸し暑くなる」とわかった時点で、梅おにぎりをたくさん仕入れるそうです。梅干しには抗酸化作用や殺菌作用があると言われていて、梅雨どきなんかにはよく売れるらしい。反対に、気温が低くなりそうなら焼きおにぎりなどを仕入れる。そういった先行情報にもとづいて、毎日棚替えをするのだそうです。これを読んだ時に、「私たちって本当に怠慢だったな」とすごく思いました。もし私たちが、サイトの運用を根本から見直し、毎日「明日の訪問者」のためにコンテンツを入れ替えていたら、サイトは劇的に変わり、もっとビジネスチャンスがつかめたでしょう。
筆者は会長ですが、経営層の方だけにかぎらず「すべてのセールスにかかわる人、どうすれば売り上げが上がるのかと考えている人」におすすめできる本です。
(2)「大流行」が起こるメカニズムを楽しみながら理解できる本
書名 急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則(ソフトバンク文庫)
著者名 マルコム・グラッドウェル (著), 高橋啓 (翻訳)
出版社 SBクリエイティブ
インフルエンサー・マーケティングのテストを社内で行っていた時に、スイス人の取締役に「今アメリカですごくはやっているマーケティングの本だよ」と紹介されました。当時は日本語訳が出ていなかったので英語で読み、きちんと正確に読み取れていたのか少し不安だったので、日本語版の文庫が出た今もう1回買って読みなおしました(笑)
ビジネスにおいて売り上げの8割は全顧客の2割が生み出しているという「80:20の法則」はよく知られていますが、そんな法則では説明しきれないような「急激な爆発(大流行)」というのがある。それが起こるのはなぜかを『ネットワーク理論』を使って解明していくのですが、非常に実証的に複数の実例を挙げて描かれていて、まるでシャーロック・ホームズの謎解きのような面白さがあり、一気に読めました。
この本では、大流行が起こるメカニズムとして3つのポイントが挙げられています。そのなかの1つとして、「コネクター」と呼ばれる人の存在があります。インフルエンサー・マーケティングに携わっていた時だったので、特にここに着目しました。世の中には「コネクター」と呼ばれるものすごく人脈が豊富な人というのがいて、その人たちがこの大流行の先鞭(せんべん)をつけていると言うのです。
ある時、ワイスバーグはふと思い立ってニューヨーク行きの列車に乗り、SF作家の集会に顔を出したところ、アーサー・C・クラークという若い作家に出会った。クラークはワイスバーグに好感を抱き、シカゴに来た時、早速彼女に電話をかけた。……「シカゴに僕が会うべき人はいるかいって言うから、それならうちに来たらと答えたのよ。」……「それでボブ・ヒューズに、アーサー・C・クラークと話してみたいと思う人がシカゴにいるかしらって聞いてみたわけ。すると、アイザック・アシモフが今シカゴにいるって言うの。それにあのロバートなんとか――ロバート・ハインライン――もね。それで、みんな私の書斎に集まってきたわけ」。(p.75)
という行があって、読んだ時ほんとうにクラクラしました。あのアーサー・C・クラークと、あのアイザック・アシモフと、あのロバート・ハインラインが、全く無名の女性のところにみんな集まってくるなんて! 別に政治的な権力あるわけでもすごいお金持ちでもないけれども、そういう人脈を持ちうるタイプの人が、実際にいる。ほかにもさまざまな事例があり、読むたびに目からうろこが落ちる1行があります。掲載されている事例の数も多いので、いろんな側面から『ネットワーク理論』を面白くて理解でき役に立ちます。マーケターの人だけでなく、PR・広報など「何かを伝えることに関係したお仕事」の人なら、すごく参考になるのではないかと思います。
(3)ページが外れそうになるほど読みこんだマーケティングの教科書
書名 「売る」広告
著者名 デビッド・オグルビー
出版社 株式会社誠文堂新光社
これは本当に「マーケティングの教科書」です。たくさん実際の広告が掲載されていて、このポスターがこんな効果を得たとか、このCMがこんな風に良かったとか、これはこういう風にすべきだ、など、成果や対策について具体的に書かれています。作者のオグルビーは、オグルビー&メイザー社の創始者でコピーライターとして有名ですが、その前に調査会社にいたんです。だから、広告にまつわるあらゆるものを「テスト」した。
たとえば、「白地に黒い文字で書かれているもの」と「黒地に白い文字で書かれているもの」と、どちらが読まれると思いますか?デザインをちょっとかじっているとつい後者かと思いがちなんですが、実際には前者の方が後者より4倍も読まれる、とこの本には書かれています。そういうようなことを、実際に何度も何度もテストをして、結果を広告にいかしている。彼の膨大な実証実験の結果がこの本にまとまっているのです。
「クリエイティブというものは、『ファンクショナル・ベネフィット』だけではなく『エモーショナル・ベネフィット』もないといけない」
というマーケティングの基本中の基本も、そう言われただけではエモーショナル・ベネフィットがどういうものなのかなかなか具体的にイメージしづらい。けれど、この本なら具体的な事例が掲載されていて、それ見ると本当に心がジーンとするので、すごくわかりやすい。しかも、そのすべてにデータの裏付けがあります。
ページが外れそうになるほど何度も読んでいますが、どのページも箴言でいっぱい。1番すごいと思った1行は『販売に役立たない広告はクリエイティブではない』。これを常に肝に銘じています。毎回、売り上げを上げるためにこのクリエイティブは本当に役に立っているのかということを考える糧になっています。
(4)人工知能がデータサイエンティスト(人間)を超えたという現実を描いた本
書名 データの見えざる手:ウェアラブルセンサーが明かす人間・組織・社会の法則
著者名 矢野和男
出版社 草思社
「ビッグデータ」という言葉がまだなかった時期、2006年から8年間ずっと、日立製作所の中央研究所の研究者である作者が、自ら開発した左手の動きを計測するウェアラブルセンサーをつけ、24時間365日、生活の動きのすべてのデータを取り、そこから導き出された驚きの結果がつまった本です。DSPやDMP、Audience Targetingについて調べたり勉強したりしていて、このデータは人間が仮説検証するのは限界があるんじゃないかなと考えていた時にこの本に出会いました。
まず、ビッグデータという言葉を普通の人が知らなかった時からずっと何年分もデータを取っていることだけでもすごいのですが、そこから出てきた結果やそれを導き出したプロセスにも、とても驚きが多い。
導き出された結果のひとつで「人間の生活は熱力学の法則にそって動いている」というものがあります。実は、最近この手の本が多いのも事実で、この本を読む前に「バースト! 人間行動を支配するパターン」という本を読んでいたんですが、これも同じように「人間の行動というのは物理の法則に従っている」特に「べき乗則」にそっている、という内容でした。とてもエキサイティングな内容だったのですが、あまりデータの裏付けがなかった。けれど、こちらの「データの見えざる手」は実際に取られたデータの裏付けがあるので、非常に説得力があります。
なかでも特筆すべきが、店舗での顧客行動を計測するというプロジェクトの話です。とあるホームセンターの店員とランダムに抽出した顧客にウェアラブルセンサーをつけてもらっていろんなデータを集めるのですが、このビッグデータを取り始めた時に「ビッグデータを解析する人工知能が必要だ」と考え、その人工知能の開発も並行して行った。この発想がすごい。
そして、この人工知能がまたすごい。本のなかにも『自ら学習するマシンである人工知能Hは、「アナリティクス」を不要にできる』という行があるのですが、本当に人間以上のことをしてしまう。この実験で集まったデータを解析しながらどんどん学習していき<お店のある場所に10秒長く店員さんが立っていると、顧客の購買金額が145円上がる>という仮説を導き出した。そして、その仮説をもとに実際にそこに店員さんを配置し実証実験をした結果、本当に店全体の顧客単価が15%も向上したのだそうです。人工知能が導き出したこの場所は商品棚から遠く離れており、効果が実証されてからでも「なぜその場所に店員が立つと顧客単価が上がるのか」の説明が困難だった。このような人間には決して立てられない仮説を見出す能力を、人工知能は学習して身につけた。人工知能がデータサイエンティストのもう一歩先を行ってしまった。ああ、本当にそういう時代が来たんだなあと感無量でした。もしこんな人工知能が使えるようになったら、人間の生活や文化も大きく変わっていくのだろう、と実感しました。
「今日」ではなく「明日」のマーケティング施策について思い巡らす時におすすめです。今すぐに役に立つというよりは、未来はこうなるんだということがわかる本です。
次回は、データサイエンティストにおすすめ本をインタビューする予定です!
※記載されている内容は取材当時のものであり、一部現状とは異なる場合があります。ご了承ください。