脳波というビッグデータ
TV番組などで取り上げられることも多く何かと耳にする“脳科学”。その知見をマーケティングに応用したのがニューロマーケティングだが、弊社でも「ニューヨークにてニューロマーケティングの研究成果を発表」で紹介したように研究・実践を進めている。
ところで、そもそも脳科学をマーケティングに応用するというのは、一体どういうことなのだろうか。今回は、このテーマに関していくつかの視点でながめてみようと思う。もちろん脳科学の可能性は広大なため、すべてを語り尽くせるわけではないが、たとえば下記3つの視点からニューロマーケティングを理解してみるのもおもしろいかもしれない。
1. 脳波というビッグデータ
顧客データといってもさまざまなものがあるが、一般的な顧客データとしては、年齢・性別などが蓄積されている顧客マスタ、いつ・どこで・何を・いくらで買ったのかという購買履歴データがある。手元にあるものをいくつか確認すると、このような典型的なデータの顧客1人あたりのデータ量は2KB(キロバイト)程度である。
一方、ニューヨークでの発表事例で収集した脳波データは、顧客1人あたり約40MB(メガバイト)で12万行にも及ぶ。これはたった10分間の脳波データだが、これだけの短時間でも、上述の一般的な顧客データと比べると2万倍の情報量ということになる。
もちろんデータの性質が同じではないので、単純に比較するものではないかもしれない。しかし、1人の顧客を理解するためのデータとして、圧倒的な情報量があるということは、それだけ顧客理解を深める可能性があるということに他ならない。
このような脳波やアイトラッキングなどの生体反応(バイオメトリクス)データが、顧客データの1つとしてあることを意識しておきたい。数十人の10分程度のデータではビッグデータにはならないが、継続的に蓄積していくことで膨大な顧客理解のためのデータとなる。
昨今、測定デバイスのコストも下がってきており、ビジネス実践において活用できる現実的なレベルにテクノロジーが進歩してきている。1人につき10分間測定するだけでもこのデータ量になる脳波というビッグデータだが、これをいかに収集し活用するかというデザインが今後ますます重要になってくるだろう。
2. ヒトには言葉にならないことがたくさんある-深層にあるモノ
顧客理解のためのアンケートやインタビュー調査は、外から観察できる行動だけではなく、その裏側にある心理を知ることができる効果的な手法である。
しかし、アンケートやインタビュー調査は、ヒトの意識に残っていることしかわからないという限界がある。ヒトには記憶に残っていないものや、そもそも潜在意識などが膨大にあり、自分自身では気づくことができない“言葉にならない真実”がたくさんあることは自明で、「言葉にできない」小田和正(オフコース)、「何も言えねぇ」北島康介(平泳ぎ金メダリスト)、「何も言えなくて…夏」J-WALKなど、数多くの名曲・名言を引き合いに出して説明するまでもないだろう。
マーケティングにおいては、顧客行動の裏側にある水面下の認知プロセスを深く理解できることに越したことはない。ニューロマーケティングは、その本人も“言葉にできない”深層に切り込んでいくテクノロジーになる。
実際の事例で確認すると、A社TVCMの事例では、インタビューで評価が高かったシーンの脳波を確認すると、やはり脳波が高く反応していた。しかし、そのシーンだけが重要だったかというと、その布石となるシーンでも脳波が高く反応していることが判明した。インタビューでの評価だけを信じ、高評価以外のシーンに手を加えて変更削除してしまえば、その布石シーンがなくなり、結果的に高評価シーンの効果までが低下してしまうことになりかねない。
また、B社TVCMの事例では、インタビューでは回答されなかった内容を、測定脳波から定性的に推測するということも実施したが、調査対象者からは「あたっている!」と驚きの声がかえってきた。この試みに関しては、引き続き実証実験を進めていく必要はあるが、ニューロマーケティングの可能性を示唆する結果となった。
ヒトはすべて自分自身のことを説明できるわけではないため、上手くインタビューされたとしてもすべて話すことができるとは限らない。A社とB社の事例は、インタビューやアンケートでは得ることができない、まさに“言葉にならない”深層部分に、ニューロマーケティングによってどのようにアプローチしていくことができるかを示唆している。
3. デザイン思考とニューロマーケティング
サイエンスとクリエイティブ・デザインは、対極にあると思われている方も多いかもしれない。実際、現在ニューロマーケティングを共同で進めているパートナー企業からも、当初はこのような反応をいただいていたが、私たちは当時からニューロサイエンスはクリエイティブ・デザインに役立つ、デザイン思考のプロセスを推進する技術と考えている。
もう少し具体的にいうと、「顧客理解」や「デザインの検証」というようなデザインのプロセスにおいて活用しやすく、前述したA社事例は「検証」、B社事例は「顧客理解」のプロセスにそれぞれあてはまるだろう。
デザインプロセスを進めるうえで、先進的なデザインは、非デザイナーには理解できず正当な評価ができないことがもしかすると多いかもしれない。ニューロマーケティングは、そのようなイノベーティブなデザインの有用性を明示することで、デザイナーのセンスを最大限に活かすための技術であると考えている。サイエンスとクリエイティブ・デザインは、決して対峙するものでは決してなく、両輪となるものである。
以上、3つの視点でニューロマーケティングを説明したが、今後は具体的な実践事例をブログで紹介できればと思う。
※記載されている内容は掲載当時のものであり、一部現状とは内容が異なる場合があります。ご了承ください。